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東京高等裁判所 昭和52年(ネ)1559号 判決

控訴人兼附帯被控訴人

山田喜一郎

控訴人

山田和代

右訴訟代理人

大谷喜与士

外二名

被控訴人兼附帯控訴人

山田ムメ

右訴訟代理人

藤原輝夫

主文

一  本件各控訴を棄却する。

二  附帯控訴に基づき、原判決中被控訴人兼附帯控訴人敗訴の部分を取り消す。

控訴人兼附帯被控訴人山田喜一郎は、被控訴人兼附帯控訴人に対し、別紙物件目録記載の建物を明け渡せ。

三  訴訟費用は、第一、二審とも、控訴人兼附帯被控訴人山田喜一郎及び控訴人山田和代の負担とする。

事実

第一  当事者双方の求めた裁判〈省略〉

第二  当事者双方の主張

一  請求原因

1  本件建物は、もと被控訴人の夫(控訴人喜一郎の父。以下「亡父」という。)が所有していたものであるが、被控訴人は、亡父から本件建物の贈与を受けた。

2  ところが、控訴人らは、本件建物につき、横浜地方法務局藤沢出張所昭和四七年九月二日受付第一九六七一号をもつてした、昭和四六年八月一五日贈与を登記原因とし、控訴人喜一郎の持分を五分の四、控訴人和代の持分を五分の一とする所有権移転登記(以下「本件所有権移転登記」という。)を有している。

3  また、控訴人喜一郎は、本件建物に居住してこれを占有している。

4  よつて、被控訴人は、本件建物の所有権に基づき、控訴人らに対し本件所有権移転登記の抹消登記手続を、また、控訴人喜一郎に対し本件建物の明渡しを、それぞれ求める。

二  〈略〉

三  抗弁

1  仮に被控訴人が亡父から本件建物の贈与を受けたとしても、控訴人喜一郎は、昭和四六年八月一五日、被控訴人から本件建物の贈与を受けた。すなわち、亡父の三周忌の法要が営まれた右同日、これに出席した被控訴人、控訴人喜一郎、泰三郎、博宣及び澄子の五名は、登記簿上は被控訴人所有名義となつていたが、その実質は亡父の相続財産としての性格を有する本件建物及びその敷地部分を含む土地約二一八坪(以下「本件土地」という。)の分割、被控訴人及び脳性小児麻痺を患つている敬子の扶養等の問題について協議し(以下、右協議を「本件協議」ということがある。)、その結果、(イ)控訴人喜一郎は本件建物と本件土地のうち約一一〇坪を、泰三郎及び博宣はそれぞれ本件土地のうち五四坪ずつを譲り受けること、(ロ)控訴人喜一郎は直ちに本件建物につき右譲受けに伴う所有権移転登記手続をすることができ、泰三郎及び博宣は右各譲り受けた土地上にそれぞれ自己名義の建物を建築所有することができるが、右各土地の譲受けに伴う控訴人喜一郎、泰三郎及び博宣への各所有権移転登記手続は被控訴人の死亡後に相続を原因として行うこと、(ハ)信子と澄子に対しては、その各相続分に相当する金員を、控訴人喜一郎、泰三郎及び博宣の三名が二対一対一の割合で分担して支払うこと、(二)控訴人喜一郎、泰三郎及び博宣の三名は、被控訴人及び敬子に対する扶養を分担することを骨子とする合意(以下「本件協定」という。)が成立し、これにより控訴人喜一郎は被控訴人から本件建物の贈与を受けたのである。なお、本件協定が有効に成立したものであることは、右協議の席上右協定の内容を文書化した書面(乙第一号証。以下「本件協定書」という。)に協議に参加した全員が任意に署名している事実、泰三郎が右協定によつて譲り受けることになつた土地上に同人名義の建物を建築して所有している事実、及び控訴人喜一郎、泰三郎及び博宣が右協定どおりに被控訴人及び敬子に対する扶養料支払義務を履行している事実によつて明らかである。

なお、控訴人喜一郎は、その後、その妻である控訴人和代に対し本件建物の所有権の持分五分の一を贈与した。

したがつて、被控訴人が現に本件建物につき所有権を有することを前提とする本訴各請求は、いずれも失当である。

2  また、仮に本件建物は被控訴人が亡父から贈与を受けたものであるとしても、本件建物は、その実質は亡父の相続財産の性格を有するものであり、しかも、控訴人喜一郎は、長年本件建物を生活の本拠として居住してきているものであり、また、亡父の病気療養中は長男として一家の生計の柱として尽力してきたものであるから、被控訴人がその一存で控訴人喜一郎に対し本件建物からの退去明渡しを求めることは、信義則にもとり、権利の濫用にあたり許されない。

なお、被控訴人の後記「抗弁に対する認否及び反論」のうち2(一)(1)の主張は、争う。控訴人喜一郎は、被控訴人及び敬子の扶養については、長期にわたるものであるから、だれか一人の一時的な犠牲に頼つては長続きするはずがなく、将来紛争が生じることを心配し、控訴人喜一郎、泰三郎及び博宣の三名が責任をもち、かつ、将来紛争の生じないような方法で協定しておくことが必要であると考えて提案に及んだものであり、しかも、右提案については全員の了解を得たと確信しており、被控訴人主張のような強要の事実はない。同2(一)(2)ないし(4)の各行為は、被控訴人の委任に基づいてしたものである。同2(一)(5)ないし(7)の主張は、争う。控訴人喜一郎は、いつでも本件土地の登記済証の返還に応ずる用意がある。同2(二)の主張は、争う。生活協同関係は、被控訴人がみずから絶つたものである。控訴人喜一郎が扶養料の支払いを中断しているのも、被控訴人が本件協定に反して控訴人喜一郎に対してのみ本件所有権移転登記の抹消を求めたことに起因するものであり、被控訴人みずからが抗争の種をまき、信頼関係を破壊させたものである。〈以下、事実省略〉

理由

一本件建物がもと亡父の所有であつたことは当事者間に争いがなく、また、〈証拠〉によれば、亡父は、戦前、大阪方面で働き、大阪に亡父名義で土地を取得したほか、芦屋に家屋を取得し、これを被控訴人名義としたこと、亡父は、戦後、右土地、家屋を処分して得た金員や手持ちの金員のほか他から借金して得た金員を資金として、藤沢市辻堂に本件土地を取得し、同地上に本件建物を建築したが、本件土地は、被控訴人名義に所有権移転登記を経由し、また、本件建物も、所有権保存登記こそ未了であつたが、被控訴人を所有者として表示登記をしたこと、亡父が右のように本件土地及び本件建物を被控訴人所有名義としたのは、被控訴人及び脳性小児麻痺を患い身体が不自由な敬子の将来の生活を案じ、これを保障しようと考えたことによるものであること、以上の事実を認めることができ、右事実によれば、本件土地及び本件建物は、亡父がその資金で取得したうえ、被控訴人及び敬子の将来の生活を案じ、これを被控訴人に与えておけば同人らの生活は保障されると考えて、被控訴人に贈与したものであると推認するのが相当であり、右認定に反する乙第一号証の記載部分及び当審における控訴人喜一郎本人尋問の結果の一部は措信せず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

二請求原因2及び3の事実は、当事者間に争いがない。

三そこで、抗弁1について検討する。

〈証拠〉によれば、本件協定書には、(イ)控訴人喜一郎は本件建物と本件土地のうち約一一〇坪を、泰三郎及び博宣は各本件土地のうち五四坪ずつをそれぞれ取得すること、(ロ)控訴人喜一郎はその取得する右土地部分を確保するため同地上に存する本件建物を贈与されるものとし、泰三郎及び博宣はそれぞれ右各取得する土地上に家屋を建築することができること、(ハ)被控訴人及び敬子に対する扶養経費は、控訴人喜一郎、泰三郎及び博宣の三名が前記本件土地取得の割合に応じて分担すること、(ニ)控訴人喜一郎、泰三郎及び博宣の三名は、その順に、一〇年を周期として敬子と同居してこれを扶養することなどが記載されていることが認められる。そして、亡父の三周忌の法要が営まれた昭和四六年八月一五日に被控訴人、控訴人喜一郎、泰三郎、博宣及び澄子の五名が被控訴人及び敬子の扶養問題等について協議(本件協議)をしたこと、右協議の席上右五名全員が本件協定書に署名をしたこと、泰三郎が本件協定書上同人が取得するものとされた土地上に同人名義の家屋を建築所有していることは、いずれも当事者間に争いがなく、また、〈証拠〉によれば、控訴人喜一郎、泰三郎及び博宣の三名は、本件協議後本件協定書記載の趣旨に従つた額の金員を被控訴人及び敬子の生活費として被控訴人あてに送金していること、もつとも、控訴人喜一郎は、昭和四七年一一月七日被控訴人から控訴人らが被控訴人に無断で本件建物につき本件所有権移転登記をしたことを難詰する書面の送付を受けたことから、被控訴人の右態度は本件協定書を一方的に踏みにじるものであるとして反発し、それ以後右送金を中止しているが、泰三郎及び博宣は今日に至るまで右送金を継続していることを認めることができ〈る。〉右認定の諸事実によれば、本件協議の席上本件協定書記載のような内容の合意が成立し、控訴人喜一郎は被控訴人から本件建物の贈与を受けたものと推認しえなくもないようにみえる。

しかしながら、他方、〈証拠〉によれば、東京都大田区の中原街道沿いの社宅に居住していた被控訴人の二男泰三郎は、昭和四六年七月ころ、被控訴人に対し、排気ガス公害から子どもの健康を守るため、藤沢市辻堂の本件土地上に家を新築して居住したい旨を申し出たこと、そこで、被控訴人はそのことを当時本件建物において被控訴人と同居していた長男である控訴人喜一郎に話し、その了承を求めたところ、同控訴人は、それまで主として自己が老令の被控訴人及び身体の不自由な敬子と生活を共にしその面倒をみてきた経緯もあり、この際被控訴人と敬子に対する扶養問題及び被控訴人名義の不動産の分割問題について兄弟姉妹間で話し合いたいと考え、昭和四六年八月一五日に亡父の三周忌の法要のため兄弟姉妹が集まるのを機会に右の問題を話し合うこととしたこと、そして、右同日右法要のために集つた被控訴人、控訴人喜一郎、泰三郎、博宣及び澄子の五名は右の問題について協議(本件協議)をした(この事実は、前記のとおり当事者間に争いがない。)が、右協議は、控訴人喜一郎が右五名の者が署名する以前の本件協定書を提示し、これを中心にして行われたこと、本件協定書の記載内容の骨子は前記認定のとおりであるところ、右協議においては、敬子を控訴人喜一郎、泰三郎及び博宣の三名で一〇年を周期としてたらい回し的に同居扶養することにしていること、被控訴人及び敬子を扶養するための費用負担の決め方が余りに技術的であつたこと、最も生活の保障が必要とされる敬子に対して不動産の分与がないこと、控訴人喜一郎の取得する不動産の割合が泰三郎及び博宣に比し過大であること並びに被控訴人の生存中にその生活の本拠となるべき本件建物を控訴人喜一郎に贈与してしまうことに議論が集中し、不満が表明され、被控訴人も、協議の当初本件建物を控訴人喜一郎に与えてもよいと発言したこともあつたが、協議が進展するに従い、敬子に対しては財産が分与されていないこと、敬子をたらい回し的に同居扶養する定めになつていることなどが明らかになるにつれ、これを不服とし、本件建物を控訴人喜一郎に贈与することについても結局反対の態度をとるようになつたこと、しかし、控訴人喜一郎は、なおも本件協定書への各人の署名を強く求め、署名をしなければ泰三郎の家屋新築を認めないとの態度を示したこと、そして、結局、(い)本件建物をも含めて財産の分割については被控訴人の相続開始の時点において再度話し合うこと並びに(ろ)被控訴人及び敬子の扶養のための費用負担については取りあえず本件協定書に定めるとおり実施し、一年後に再度話し合うことを約して、本件協定書に全員が署名したこと、控訴人喜一郎は、本件協議後間もない昭和四六年九月一四日被控訴人に無断で本件建物につき被控訴人名義の所有権保存登記手続をし、その登記済権利証をみずから保管していたが、昭和四七年三月ころ、本件建物につき自己名義に贈与を原因とする所有権移転登記手続をするため、みずから文案を書いた右登記申請のための委任状(甲第三号証)並びに印鑑登録替え及び印鑑証明書交付申請のための委任状(甲第四号証)を被控訴人に示し、署名を求めたところ、被控訴人にこれを拒否されたため、同年八月三〇日、当時横浜市磯子区洋光台の博宣方にあつた被控訴人の住民登録を被控訴人に無断で藤沢市辻堂の控訴人喜一郎方に移したうえ、同年九月一日、藤沢市役所において被控訴人に無断で自己の妻である控訴人和代を被控訴人の代理人とし、自己を保証人として被控訴人の印鑑登録をし、かつ、その印鑑証明書の交付を受け、同月二日、前記登記済権利証、右印鑑証明書等を利用して、被控訴人に無断で本件建物につき本件所有権移転登記の手続をしたこと、被控訴人は、そのころ、それまで一時滞在していた横浜市磯子区洋光台の博宣方から本件建物に居住していた控訴人喜一郎方に戻つてきたところ、同控訴人から本件建物の登記簿上の所有名義を同控訴人に移すよう執ように迫られ、右所有名義の移転に応じないならば同控訴人方を出て行くよう言われたため、同年一〇月一日、同控訴人方を出て泰三郎方に移つたこと、そして、被控訴人は、同月中旬ころ控訴人喜一郎が被控訴人に無断で被控訴人の印鑑登録及び本件所有権移転登記の手続をしたことを知り、同年一一月六日同控訴人に対しこれを詰問する書面を送付したこと、以上の事実を認めることができ〈る。〉

それゆえ、抗弁1は、その余の点について判断するまでもなく失当である。

四次に、抗弁2について検討する。

〈証拠〉によれば、控訴人喜一郎は、昭和二九年ころから藤沢市役所に勤務するようになり、本件建物において亡父、被控訴人及び敬子と生計を共にし、特に亡父死亡後は、他の弟妹らからの多少の経済的援助はあつたものの、控訴人らが中心となつて本件建物において被控訴人及び敬子の生活の面倒を見てきたこと、控訴人喜一郎は、その間、被控訴人が昭和三三年に訴外深沢謙治から本件土地の一部を担保として借用した一八万円を昭和三六年ころから昭和四〇年ころまでの間に分割して支払い完済したこと、ところが、被控訴人は、前記認定のように、控訴人喜一郎から本件建物の登記簿上の所有名義を同控訴人に移すよう執ように迫られ、これに応じなければ同控訴人方を出て行くよう言われたため、昭和四七年一〇月一日敬子とともに同控訴人方を出て本件土地上に同控訴人方に隣接して存在する泰三郎方に移り、更に昭和四八年一二月一日からは敬子とともに小金井市関根町の博宣方に移り、その世話を受けて今日に及んでいること、しかも、控訴人喜一郎は、前記認定のように、昭和四七年一一月七日被控訴人から被控訴人に無断で本件建物につき本件所有権移転登記の手続をしたことを難詰する書面の送付を受けて以後、被控訴人に対する被控訴人及び敬子の生活費の送金を中止し、右生活費を全く負担していないこと、被控訴人は、控訴人喜一郎の右のような仕打ちに、今日では同控訴人と同居することも同控訴人から生活費の仕送りを受けることも望んでいないこと、そして、被控訴人は、現在前記のように敬子とともに博宣方に同居し、その世話を受けているが、博宣方は、一階に被控訴人及び敬子が居室として使用している四畳半と博宣夫婦の寝室兼家族全員の共用の間として使用している六畳と三畳大の台所とがあり、二階に小学生である博宣の二人の男児の強勉部屋兼寝室として使用している六畳があるのみで、もともと手狭であるうえ、被控訴人は既に八三オの高令であり、また、敬子も脳性小児麻痺による体幹機能障害を有する身体障害者で、日常生活を他人の介護なしに一人ですることはほとんどできないため、ともに寝込むことがしばしばあり、そのときは他方が一階の六畳を居室代わりに使用することになり、ますます窮屈になること、被控訴人及び敬子の実際の生活の世話は博宣の妻が一人でやつているが、二週間に一回被控訴人の通院の付添いをしたり、敬子が小金井市にある都立の生活実習所に通園するのを朝夕送り迎えしたりしなければならず、その負担は極めて過重なものとなつていること、また、博宣方は、同人がその勤務先から借用している社宅であり、昭和五七年八月三一日までに明け渡さなければならないことになつているが、博宣には右社宅と同程度又はそれを上回る広さの家を建築したり賃借したりする経済的能力がないこと、被控訴人は、以上のような諸事情を考慮して、敬子及び博宣一家とともに本件建物へ転居することを希望するに至つており、もし右転居が実現すれば、敬子のために一室を確保することができるし、被控訴人及び敬子の世話についても本件建物に隣接して居住している泰三郎一家の援助を期待することができること、以上の事実を認めることができ〈る。〉

右認定の事実によると、控訴人喜一郎は、亡父生存中から、通常の一般的、社会的慣行に基づき、亡父及び被控訴人とともに家族の一員として本件建物に居住してきたものということができるが、建物所有者が右のような慣行に基づいて家族の一員として居住している者に対し当該建物からの退去明渡しを請求するについては、その者に著しい反社会的、反倫理的行為が存するとか、建物所有者がみずから当該建物を全面的に使用する必要があるとかその他右明渡請求を正当として肯認するに足りる特段の事情が存することを要するものと解するのが相当である。これを本件についてみるに、右認定の事実及び前記二認定の事実によると、控訴人喜一郎は、被控訴人所有の本件建物を自己のものとするため、被控訴人に無断で本件建物につき本件所有権移転登記をし、また、被控訴人に対し右登記をすることを執ように迫り、これを承諾しないときは本件建物から出て行くよう強要し、被控訴人をして本件建物から泰三郎方に転居することを余儀なくさせたもので、控訴人喜一郎の右所為は、被控訴人の心情を甚しく傷つけ、その信頼を著しく裏切るものであつて、強く非難されるべきであり、他方、被控訴人は、控訴人喜一郎の右所為等のため、今日ではもはや同控訴人と同居することを望んでおらず、現在被控訴人及び敬子を引き取りその世話をしている博宣に今後も引き続き世話を受けることを希望しているが、そのためには、博宣方の住宅事情及び実際に被控訴人及び敬子の世話をする博宣の妻の過重な負担を考慮すると、本件建物に敬子及び博宣一家とともに居住することが最も適当であると考えられ、しかも、控訴人喜一郎側に本件建物から退去してこれを明け渡すにつき特段の支障となるべき事情の存することは、同控訴人のなんら主張しないところであり、また、記録上これを認めるに足りる資料も存しないから、控訴人喜一郎がかつて被控訴人の深沢謙治に対する借金一八万円を代位弁済したことや亡父死亡後一時同控訴人が中心となつて被控訴人及び敬子の生活の面倒を見たことがあるなど同控訴人に有利な事情を勘案しても、被控訴人が控訴人喜一郎に対し本件建物からの退去明渡しを請求することは正当として是認することができ、被控訴人の右明渡請求をもつて信義則にもとるとか、権利の濫用であるとかいうことはできない。

それゆえ、抗弁2もまた失当である。

五以上みてきたところによれば、被控訴人の控訴人らに対する本件所有権移転登記抹消登記手続請求及び控訴人喜一郎に対する本件建物明渡請求は、いずれも正当である。

よつて、原判決中本件所有権移転登記抹消登記手続請求を認容した部分は相当であり、その取消しを求める控訴人らの控訴は理由がないので、これを棄却し、原判決中本件建物明渡請求を棄却した部分は不当であり、その取消しを求める被控訴人の附帯控訴は理由があるので、右附帯控訴に基づき右原判決部分を取り消して右明渡請求を認容することとし(なお、原判決中被控訴人の、控訴人和代に対する本件建物明渡請求を棄却した部分は、当審における右明渡請求の取下げによつて失効した。)、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(林信一 高野耕一 石井健吾)

物件目録〈省略〉

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